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金沢地方裁判所輪島支部 昭和54年(ワ)22号 判決

原告

向峠巧

ほか一名

被告

ほか一名

主文

一  被告小山良作は、原告向峠巧に対し金三三万八三五七円、原告向峠のぶに対し金二万一八〇〇円及び右各金員に対する昭和五四年七月二四日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告小山良作に対するその余の各請求及び被告国に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告小山良作との間においては、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告小山良作の負担とし、原告らと被告国との間においては、全部原告らの負担とする。

四  この判決一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、原告向峠巧(以下、原告巧という)に対し、各自金四六三万九四七三円及びこれに対する昭和五四年七月二四日から、原告向峠のぶ(以下、原告のぶという)に対し、各自金九万八一六〇円及びこれに対する右同年月日から、各支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告小山良作(以下、被告小山という)

1  原告らの被告小山に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告国

1  原告らの被告国に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と原告らの受傷など

原告巧は、昭和五四年三月六日午前一〇時三〇分ころ、普通貨物自動車(以下、被害車という)を運転して石川県鳳至郡柳田村上町地内の県道上を進行中、反対方向から進行してきた被告小山運転の普通乗用自動車(以下、加害車という)と衝突(以下、本件事故という)し、そのため、右第一〇肋骨骨折、腰部挫傷、外傷性腰椎椎間板障害の傷害を被り、事故当日から昭和五四年四月六日までの三二日間入院し、同月一六日から同年九月一一日までに一〇三日間通院治療を受け、被害車に同乗していた原告のぶは前額部打撲、頸椎捻挫の傷害を被り、事故当日から昭和五四年三月二三日までに五日間通院治療を受けた。

2  被告小山の責任

被告小山は加害車を運転して、柳田方面から宇出津方面に向けて進行中、左へゆるくカーブしている本件事故現場へさしかかつたところ、反対方向から進行してくる被害車を認めたのであるから、このような場合には常に前方を注視し、センターラインを越えないよう安全を確認しながら進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然センターラインを越えて進行した過失により、本件事故を惹起せしめたものであるから、民法七〇九条に基づいて、原告らに対しその被つた後記の損害を賠償する義務がある。

3  被告国の責任

被告小山は柳田郵便局に勤務する国家公務員であつて、本件事故当日、同郵便局の集金業務を執行するに付き、その所有にかかる加害車を運転中、前記過失により本件事故を惹起せしめ、原告らに後記の損害を与えたものであるから、被告国は被告小山の使用者として民法七一五条一項に基づいて、原告らに対し右損害を賠償する義務がある。

4  原告らの損害

(一) 原告巧の損害合計額 金四八三万九四七三円

(イ) 治療費 金六三万九五二〇円

入院費 (三二日間)金五二万三八四〇円

通院費 (三二日間)金一一万五六八〇円

(ロ) 入院雑費 金一万九二〇〇円

(ハ) 入院付添費 金八万円

(ニ) 慰藉料 金五一万八五〇〇円

(ホ) 青果物等販売業の休業による損害額(事故当日から昭和五四年五月三一日までの間) 金二〇三万二二五三円

内訳 〈1〉柏木販売店 金四九万七四三七円

〈2〉当目販売店 金六三万八四一六円

〈3〉移動販売 金四四万円

〈4〉新聞販売等 金三二万五〇〇〇円

〈5〉牛乳販売 金一三万一四〇〇円

(ヘ) 鮮魚、青果物等の腐敗による損害額 金一五五万円

(二) 原告のぶの損害合計額 金九万八一六〇円

(イ) 通院治療費 金二万二八六〇円

(ロ) 慰藉料 金五万五三〇〇円

(ハ) 休業損害 金二万円

5  損益相殺

原告巧は昭和五四年七月七日被告小山から金二〇万円を受領した。

6  よつて、被告らに対し、原告巧は、損害残額金四六三万九四七三円、原告のぶは右損害金九万八一六〇円及び右各金員に対する本訴状送達日後又はその翌日である昭和五四年七月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否と主張

(被告小山)

1 請求原因1項の事実中、原告ら主張の日時場所において本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 同2項の事実は認める。

3 同4項の事実は否認する。

4 同5項の事実は認める。

5 同6項は争う。

6 過失相殺の主張

原告巧は、反対方向からセンターラインを越えて進行してくる加害車を五〇メートル前方に認めた後、ハンドルを左に転把して衝突を避け得たのに、右避譲措置をとらないまま進行し、その結果本件事故に遭遇したものであるから、原告巧にも本件事故発生につき過失があり、その過失割合は二〇パーセントが相当である。

(被告国)

1 請求原因1項の事実中、原告ら主張の日時場所において本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 同3項の事実中、被告小山が柳田郵便局に勤務する国家公務員であつて、その所有にかかる加害車を運転中、本件事故を起こしたこと及び同被告がその時同郵便局の集金業務に従事していたことは認めるが、右業務の執行に付き加害車を運転していたとの点は否認する。

3 同4項の事実は知らない。

4 同5項の事実は認める。

5 同6項は争う。

6 柳田郵便局には庁用自動車の配備がなく、集金業務等の外務事務については局用機動車(原動機付自転車)又は自転車若しくは徒歩により執り行うこととし、私有自動車の使用は原則として禁止されているところ、被告小山に対しその上司が集金業務のために加害車を使用することを命じたり許可したことはなく、あるいはその使用を予見し、指揮監督権を行使し得る状況にもなかつたものである。したがつて、被告小山の加害車運転行為は同郵便局の業務の執行に該らず、被告国に民法七一五条の責任はない。

三  被告小山の抗弁

1  損益相殺

(一) 原告巧につき金二一三万五五〇〇円

(1) 昭和五四年一一月一日自賠責保険から金一二〇万円が支払われた。

(2) 被告小山は、本件事故のため破損した被害車(破損前の価格金七〇万円相当)に代えて、金一四一万五五〇〇円相当の新車を原告巧に引渡したので、右差額金七一万五五〇〇円については、被害車破損による損害以外のそれの賠償として支払われたものとみるべきである。

(二) 原告のぶに対し、自賠責保険から金五万一〇六〇円が支払われた。

2  一部弁済

被告小山は原告巧が自認する金二〇万円のほか、更に見舞金の名目で金二万円を損害賠償の一部として支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、(一)(1)、(二)の事実は認め、(一)(2)の事実は否認する。

2  抗弁2の事実中、原告巧が被告小山から見舞金二万円を受領したことは認めるが、損害に対する一部賠償であることは否認する(贈与である)。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項の事実中、原告巧が昭和五四年三月六日午前一〇時三〇分ころ被害車を運転して石川県鳳至郡柳田村上町地内の県道上を進行中、反対方向から進行してきた被告小山運転の加害車と衝突したことは、当事者間に争いがなく、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二、三号証、同第四号証の一ないし六、同第五号証及び同第七号証、原告巧の本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三〇号証の一、二によれば、原告巧は本件事故のため右第一〇肋骨骨折、腰部挫傷、外傷性腰椎椎間板障害の傷害を被り、事故当日から昭和五四年四月六日までの三二日間公立宇出津総合病院に入院し、同月一六日から同年九月一一日までのうち一〇三日間通院治療を受け、更に昭和五五年一月三日から同月一〇日までの八日間持木病院に入院して加療を受け、被害車に同乗していた原告のぶは前額部打撲、頸椎捻挫の傷害を被り、事故当日から昭和五四年三月二三日までに五日間同病院に通院治療を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、まず、被告小山の責任についてみるに、請求原因2項の事実は当事者間に争いがない。

右一、二項の事実によれば、被告小山は原告らに対し、民法七〇九条に基づいて、その被つた後記認定の損害を賠償する義務がある。

三  次に、被告国の責任について検討するに、請求原因3項の事実中、被告小山が柳田郵便局に勤務する国家公務員であつて、その所有にかかる加害車を運転中、本件事故を起こしたこと及び同被告がその時同郵便局の集金業務に従事していたことは、当事者間に争いがないが、同被告が右業務の執行につき加害車を運転していたか否かについては、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる的確な資料はない。

却つて、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない丙第四ないし第七号証、同第九ないし第一一号証、被告国主張の写真であることにつき争いのない丙第八号証の〈1〉ないし〈8〉、証人山口彦衛の証言及び被告小山の本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  被告小山は柳田郵便局に採用以来外務職員として集金等の業務に従事し、本件事故当時は私有の普通自動車(加害車)で通勤していた。

2  ところで、同郵便局は石川県鳳至郡柳田村一円を管轄する集配特定郵便局であるが、局用自動車の配備はなく、外務事務は局用機動車(原動機付自転車)又は自転車若しくは徒歩で行うものとし、全外務職員に各一台あて機動車が配備されている。そして、同郵便局では外務事務における私有自動車の使用を禁止し、局内の業務研究会、ミーテイング等の機会に職員に対しその旨の指導がなされており、被告小山の上司においても、同被告に対し従来外務事務に私有自動車を使用することを命じたり、又は黙認したことはなく、同被告も、これまでそれを使用したことはなかつた。

3  本件事故当日、被告小山は担務指定変更により速達業務の代わりに集金業務を担務することとなり、午前九時ころ外務職員のミーテイングに出席して、上司から交通安全についての一般的注意を受けた後、同被告専用の局用機動車の鍵を受領したが、当日は寒い日で自動車の方が楽だと考え、「ただ今から出発する」旨の呼称の声掛もせず、同郵便局の近くに駐車してあつた加害車を運転して出発した。

4  しかも、当日同郵便局の事務室内部から外部の見通しは効かない状態にあつたため、被告小山が機動車を置いて加害車で出発するのを知ることはできなかつた。

以上のように認めることができ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、被告小山の集金業務における私有自動車運転行為は同被告の恣意によつてなされたものであつて、同郵便局としては右行為を支配、管理できる立場になかつたことが明らかであるから、右行為が同郵便局の業務の執行に付きなされたとはいえない。したがつて、被告国は本件事故について民法七一五条の責任を負わないというべきである。

四  次に、原告らが被つた損害について検討する。

(一)  原告巧について (イ)(ロ)(ニ)(ホ)合計金二四五万三八五七円

(イ)  治療費 金九三万四六四〇円

前掲甲第四号証の一ないし六及び同第三〇号証の一、二によれば、原告巧は公立宇出津総合病院から入院費として金五二万三八四〇円、通院費として計金三八万一二〇〇円の合計金九〇万五〇四〇円の請求を受けるとともに、持木病院に対し入院費用金二万九六〇〇円を支払つたことが認められる。

ところで、原告巧が右公立病院に対する支払いを了したとの証拠は提出されていないが、治療を受け終つて確実に支払義務が発生した費用であるから、未払いであつても本件事故による損害とみるのが相当である。

(ロ)  入院雑費 金一万九二〇〇円

弁論の全趣旨に徴し、入院期間三二日につき雑費として一日当り金六〇〇円の出費を要したものとみるのが相当である。

(ハ)  入院付添費 〇円

原告巧は本人尋問において、入院期間中付添を要した旨供述するが、前掲甲第二号証(同原告の診断書)に付添看護不要と記載されている点に徴し、右供述は措信できず、他にその必要性を認めるに足りる証拠はない。

(ニ)  慰藉料 金一〇〇万円

入院三二日間、通院一〇三日間及び後記鮮魚、青果物の腐敗等による精神的苦痛を慰藉するには右金額が相当である。

(ホ)  青果物等販売業の休業による損害額 合計金五〇万〇〇一七円

原告巧の本人尋問の結果によれば、原告巧は本件事故当時青果物等販売業を営み、原告のぶと共に〈1〉柏木販売店、〈2〉当目販売店の各店頭販売と〈3〉被害車を利用しての移動販売、〈4〉新聞販売及び〈5〉牛乳販売をそれぞれ行つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告巧は、本件事故のため事故当日から昭和五四年五月三一日まで休業を余儀なくされた旨主張し、原告巧及び同のぶ(第一回)は右主張に副う供述をするが、原告巧の前記受傷の部位、程度、入、通院状況及び営業形態に照らして右供述は措信できず、入院三二日間は完全に、退院後昭和五四年五月三一日までの五五日間は半日程度休業を余儀なくされたものとみるのが相当である。

しかして、〈4〉については、原告巧の本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三一号証(中日新聞作成の証明書)及び原告のぶ(第一回)の本人尋問の結果によれば、原告巧は新聞配達をして中日新聞から一か月当り少なくとも金一〇万円を得ていたが、昭和五四年四月一〇日被告小山から新車を得たので、原告らの娘が夜間右代車で配達したことが認められる。しかし、右代行により収入減があつたか否か、又は余分の経費を要したか否かについては主張、立証がないので、本件事故当日から右代車の引渡を受けた日まで新聞配達を休み、金一二万円程度の損害を被つたものとみるのが相当である。

問題は、〈4〉以外の項目である。原告巧は〈1〉につき金四九万余円、〈2〉につき金六三万余円、〈3〉につき金四四万円及び〈5〉につき金一三万余円の損害を被つたと主張し、その証拠として、甲第二七ないし第二九号証、同第三六号証の一ないし三(いずれも売上帳)及び売上げに対する仕入関係の資料として、甲第八号証(仕入額明細表)、同第九ないし第二五号証(枝番は省略、いずれも仕入れ先関係の請求書、領収証)をそれぞれ提出する。しかし、右甲第八号証は、本件事故後、仕入れ先から再発行を受けた右甲第九ないし第二五号証を参考にして作成されたものであることは原告巧の本人尋問の結果において自認するところであるが、右甲第九ないし第二五号証が果して仕入れの取引内容を正確に反映しているかどうか見極めるだけの裏付証拠はなく、この点に加え、本件において所得申告書が提出されていない点を合わせ考えると、右甲第二七ないし第二九号証の各売上帳が日日記帳されたものとみるのは困難であり(日日記帳されていたものならば、本件事故後わざわざ多数の請求書、領収証の再発行を求める必要がない)、このような売上帳簿をもつて原告巧主張の前記休業損害を正確なものと認めるには十分でないといわざるを得ず、他にこれを認めるに足りる的確な資料はない。

そこで、成立に争いのない丙第一二号証「総理府統計局発行、個人企業経済調査年報昭和五三年度版、第一〇表、地方、従業者規模別営業状況―小売業(飲食店を除く)」によれば、同年度における北陸地方の従業者一ないし四人の個人企業の年間平均営業利益は金二九一万四〇〇〇円であるところ、原告巧の本人尋問の結果によれば、同原告の営業規模は右平均的小売業主のそれに近いものと推認されるので、前叙の休業期間と程度に従つて計算すると、右一年間の営業利益金二九一万四〇〇〇円に三六五分の三二、三六五分の五五をそれぞれ別途に乗じ、更に、原告巧の個人的寄与率を八割とみて〇・八をそれぞれ乗ずると、前者は金二〇万四三七九円となるのでその全額、後者は金三五万一二七六円(円未満切捨)となるのでその半額金一七万五六三八円の合計金三八万〇〇一七円をもつて、原告巧の休業による損害と認めるのが相当である。

(ヘ)  鮮魚、青果物等の腐敗による損害額 〇円

原告巧は右事由のため金一五五万円相当の損害を被つた旨主張し、その証拠として甲第二六号証(破損明細帳簿)を提出するところ、原告巧及び同のぶ(第一、二回)の各本人尋問の結果によれば、額は別として本件事故のため鮮魚、青果物が腐敗したり、あるいは商品として売れなくなつたこと自体は容易に認められるけれども、右同号証が果して正確な数字を表しているかどうかについては客観的な資料があるとはいえないので、結局、本件証拠上、右事由による正確な損害額を把握することは困難である。そこで、右損害額を一応〇円とし、前記慰藉料を算定するうえで、右腐敗等の事情を斟酌するのが相当である。

(二)  原告のぶについて (イ)(ロ)(ハ)合計金七万二八六〇円

(イ)  通院治療費 金二万二八六〇円

前掲甲第五号証によれば、原告のぶは公立宇出津総合病院から通院費として金二万二八六〇円の請求を受けたことが認められるので、原告巧におけると同理由によりこれを損害とみるのが相当である。

(ロ)  慰藉料 金三万円

本件事故当日から昭和五四年三月二三日までの五日間通院による精神的苦痛を慰藉するには右金額が相当である。

(ハ)  休業損害 金二万円

原告のぶ(第一回)の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告のぶは家業休業のため金二万円の手伝い賃を受領することができず、同額の損害を被つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  過失相殺の主張について

被告小山は、原告巧においてハンドルを左に転把して衝突を避け得たのにそうせず漫然進行し本件事故に遭遇したものであるから二割の過失がある旨主張する。

なるほど、成立に争いのない丙第一号証の五ないし七(実況見分調書、同添付の交通事故現場見取図及び同添付の写真)及び原告巧の本人尋問の結果によれば、原告巧は加害車がセンターラインを越えて進行してくるのを約五〇メートル前方に発見したこと、被害車(車幅約一・七メートル)の進行部分の幅は約三・四メートル、加害車(車幅約一・六メートル)の進行部分のそれは約三・一メートル)で、加害車がセンターラインを越えて進入した距離はせいぜい一メートルであることが認められるから、原告巧がハンドルを左に転把して本件事故を避ける時間的、場所的な余裕はあつたことは確かである。しかし、本件事故の際、加害車が追越をしようとしていたとか、車両の交通量が輻湊していたとかいう事情は窺われず、また原告巧に速度制限違反や前方不注視の事実も認められない本件において、加害車の方にもセンターラインを越えずに進行する余裕は十分あつたというべきであるから、原告巧において、加害車の右程度の進入状況からみて加害車が直ちに自車線内に戻るものと考え、避譲措置をとらずに進行したのは当然な行為であつて、何ら安全運転義務に違反するところはない。したがつて、前記過失相殺の主張は採用しない。

(四)  ところで、原告巧が昭和五四年七月七日被告小山から金二〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

五  そこで、損益相殺及び一部弁済の抗弁について検討する。

(一)  原告巧について

(1)  同原告が昭和五四年一一月一日自賠責保険から金一二〇万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

(2)  原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一、証人高田甚右エ門の証言及び被告小山の本人尋問の結果によれば、原告巧の所有にかかる被害車の本件事故前の価格は金七〇万円であるところ、被告小山は昭和五四年四月一〇日ころ被害車に代えて新車一台(価格金一四一万五五〇〇円)を同原告に引渡したことが認められるので、その差額金七一万五五〇〇円については、被害車破損による損害以外の損害に対する填補とみるのが相当である。

(3)  この外、被告小山が見舞金の名目で金二万円を原告巧に支払つたことは当事者間に争いがないが、これは原告巧の入院期間中にお見舞いとして交付されたものであり、金額の程度からしてもその性質は損害に対する一部弁済でなく、贈与であるとみるのが相当である。

(二)  原告のぶについて

同原告が昭和五四年一一月一日自賠責保険から金五万一〇六〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

六  以上の事実を要約すると、原告巧については、損害総額金二四五万三八五七円から、一部弁済金二〇万円と自賠責保険金一二〇万円及び車代差額金七一万五五〇〇円を控除した残金三三万八三五七円が、原告のぶについては、損害総額金七万二八六〇円から自賠責保険金五万一〇六〇円を控除した残金二万一八〇〇円が、それぞれの最終損害となる。

してみると、被告小山は原告巧に対し、右金三三万八三五七円、原告のぶに対し、右金二万一八〇〇円及び右各金員に対する弁済期後である昭和五四年七月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

七  以上において検討したところによれば、原告らの被告小山に対する本訴各請求は右の各限度で理由があるからこれを認容し、その余の各請求部分及び被告国に対する各請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鏑木重明)

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